ホンダよ、永遠なれ。 〜課外活動的F1の終焉〜(後編)

Getty Images / Red Bull Content Pool

前編ではライバルであるメルセデスと比較しながら、ホンダのF1活動における体制およびビジネスモデルの特徴を説明した。

[前編はこちら]

後編は第4期でホンダが作り上げた資産の活用、またホンダの第5期F1活動の可能性について考えてみたい。

その前に… 振り返るには時期尚早とも言えるが、第4期活動におけるホンダ製パワーユニットが歩んだ道からおさらいしてみよう。

苦労の末、価値の高さを知らしめたホンダ製PU

ホンダは2013年5月、かつて黄金時代をともに築いたマクラーレンと再度タッグを組み、2015年から同チームにパワーユニットを供給することを発表した。しかし、いざ復帰を果たすと明らかな信頼性とパフォーマンスの不足により、2人の元王者フェルナンド・アロンソ、ジェンソン・バトンをもってしても、グリッド後方に沈んだのであった。

ホンダとマクラーレンが組んだ2015〜2017年の“辛い時期”についてこれ以上触れる必要はないかもしれない。「彼らは別れなければいけなかったのだ」と表現すれば納得してもらえるのではないだろうか。

それほどホンダと組んだマクラーレンも、マクラーレンと組んだホンダも良くなかった。

そのころ、PUメーカーと「夫婦仲」がうまく行っていなかったレッドブルがホンダに接触した。まずはBチームであるトロロッソ(現アルファタウリ)に2018年から、2019年にレッドブルへのPU供給を開始した。日本でも 絶大な知名度と人気を誇るレッドブルとホンダのタッグには多くのF1ファンが期待を寄せた。 F1パドックで最高の空力とコーナリング性能を誇るレッドブルのシャシーにホンダPUが搭載される。『ホンダF1復帰後の初優勝は本当に達成できるのだろうか…?』ファンにとってはそんな不安もあっただろうが、期待の方が圧倒的に勝っていたことは言うまでもない。

結果としてレッドブル・ホンダはその期待に見事に応え、2019年シーズンに3勝を挙げることで ホンダのPUの大躍進を印象付けた。『もうGP2エンジンじゃない、俺達のRA619Hは戦えるぞ!』 そんな心意気がPUのエキゾーストノートから聞こえるかのようだった。そして2020年シーズン、コロナ禍で開幕が遅れたもののレッドブルのマックス・フェルスタッペンによる勝利、そしてアルファタウリのピエール・ガスリーまでもが大金星を挙げたのだった。ガスリーが勝利を挙げた時、誰もがこう確信したはずだ。

『ホンダF1はここからだ!メルセデスを打ち倒すための長い戦いが始まる!』

価値には対価を求めるべきだった。

しかし、現実はそうはならなかった。ホンダは2050年のカーボンニュートラルの実現を目指すため、F1活動の終了を宣言したからだ。前回の記事で解説した通り、ホンダのF1活動はホンダの社員がその活動を支えており、かつ莫大なコストも負担している。一説にはそのコストは1000億円を超えるとも言われている。

今となっては遅きに失した提言でしかないが、勝利を狙えるPU性能を実現できたホンダは、その対価をレッドブルやアルファタウリに求めるべきだった。もちろん、1000億円を超えるほどの対価を求めることは非現実的だったとしても、一定の対価を受け取ることをキッカケとしてF1でのビジネスモデルを始めることもできたはずだ。そう、ホンダはF1のPU開発を「商売」にできなかったのだ。

さらに言うならばFIAも高コストのPUレギュレーションの維持はF1 の未来にとって得策ではないことに気付いていよう。なればこそ『我々は撤退も辞さない』という本気のカードを有効に使いながらFIAとその他のPUメーカーとの政治的な駆け引きを仕掛けても良かったのだが、それができる人材はどうやらホンダには一人もいなかったようだ。

F1活動継続・復帰の可能性はあるのか

Martin Lee from London, UK, CC BY-SA 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0, via Wikimedia Commons

F1活動第2期のように、「無限」に技術や人材を関係企業に引き継ぐ『リブランディング』方式があり得るのではないか、という見方もメディアには散見される。

結論から書けば、リブランディングによるF1活動継続の可能性はほぼゼロと言えよう。

ホンダ自身もその可能性を検討していたはずだ。しかし、幾多の議論を経て辿り着いたのが『F1活動終了』という結論であり、もっと現実的に言えば、我々が容易に想像できるアイデアはすでにホンダ内でもその可能性が議論し尽されていると考える方が自然だ。(もしそれがポジティブな効果をもたらし芽のある手段なのであれば、それらの座組が決まってから撤退発表を行うだろう)

一方、PUに関する技術的な知的財産をレッドブルに提供し、第三者でホンダPUの技術を活用するという噂も散見される。残念ながらこの噂も『PUの開発・維持に必要なコストを誰が負担するのか?』という最大の課題に対する答えを持ち合わせていない。レッドブルにとっても PU の開発や管理運営のために数百億円規模の年間予算を工面することは困難であろうし、仮にコストの課題をクリアしたところで、栃木のHRDや英国拠点で働く優秀な人材の引き抜き、PU製造に必要な設備やノウハウを技術移転することも容易ではない。

レギュレーションの観点で言えば、現時点では 2024年からPUの開発が凍結されることになっている。レッドブルはそれを2022年に前倒しするべくFIAと交渉しているようだが、これに関してはPU開発で大きな遅れを取っているフェラーリが同意するかは疑問だ。フェラーリとしてはメルセデスやルノーに追いつき、追い越す時間を可能な限り確保したいからだ。

こういった背景もあり、様々な選択肢の可能性を完全に否定することは出来ないものの、いずれの可能性も言葉で語るほど簡単ではない。

では、将来的なホンダのF1復帰の可能性はあるのだろうか?この可能性は決してゼロではないが、ホンダが『社員の技術力向上』という拘りを捨て、F1をビジネスとして成り立たせることが大前提だ。しかし、それはホンダが望むF1活動の在り方ではないであろうし、現在のホンダにはF1でのビジネスモデルをリーディングできる人材がいないと見える。それ故、現時点に限って言えば将来的なF1復帰を想像することも難しいと言わざるを得ない。

今、私たちに出来ることは何か?

Getty Images / Red Bull Content Pool

F1の世界における厳しい現実を身に染みて痛感し、意気消沈した読者もたくさんいるだろう。だからこそ、ここではホンダが再びF1に復帰する可能性を高めるために私たちが出来ることを考えようではないか。筆者の考えは単純明快だ。

2021年最後のレースまで心の底からホンダを応援し、
感謝の言葉を精一杯伝えよう。

これだけである。F1から去るホンダへの感情的な批判はいらない。そのような批判をすれば、未来のホンダとF1の距離は遠ざかるだろう。それは果たして世界のF1ファンが望むことだろうか?未来永劫、ホンダがF1と無縁の会社となって良いのだろうか?いや、そうではないだろう。

今、最も悔しい想いをしているのは、何よりもホンダの社員たちだ。そんな彼らを2021年の最後まで力強く応援しようではないか。そして、その熱意をありったけ伝えよう。その熱意が巨大になればなるほど、将来的なホンダのF1復帰の可能性は高まることになる。

いつか、俺たちは絶対にF1に戻ってくる。
だから、信じて待っていて欲しい。

こんな想いがホンダF1を支えるホンダ社員たちの心に芽生えたのであれば、もうそれは未来に 向けて大きな可能性の種が蒔かれたと言って良いだろう。そして、F1の2021年シーズンが終わり、ホンダF1活動が終了を迎えた時、僕らはこう言って彼らの肩を優しく叩いて送り出そうではないか。

今まで本当にありがとう!さようなら。
ところで、F1にはいつ戻って来るの?

あとがき

皆さん、こんにちは。改めてホンダF1終了発表後、酒量が増えてしまったマリー・F・ミナガワ(ちなみに私は女子です、念のため)です。ホンダさんのせいで、ここ数日はお肌の調子が悪い…責任を取って頂きたい(苦笑)。

さて、port Fさんへの記事の寄稿も三回目となりましたが、読者の皆さんはどのような感想をお 持ちになりましたか?もし宜しければ感想など、コメントを寄せて頂ければ幸いです。今後も 読者の皆さんにとって『読んで良かった!』『そうだったのか!』といった喜びや発見を持って頂けるよう他の日本語メディアで読めないような冷静・客観的かつ、みなさんが知りたいことを届ける記事を書きますので、どうぞご期待下さい。

With all my love, Marie

“ホンダよ、永遠なれ。 〜課外活動的F1の終焉〜(後編)” への8件の返信

  1. 「F1から去るホンダへの感情的な批判はいらない。そのような批判をすれば、未来のホンダとF1の距離は遠ざかるだろう」この一文に激しく同意いたします。

    感情的な批判は何も生まない。返って、遅かれ早かれF1から遠ざかる結果しか生まないと思いまうす。

    夢を見れて、希望で楽しんで来れたHonda F1に「ありがとう」五文字しか有りません

  2. こんにちは。

    初めてお便り?します。
    10月2日の衝撃から2週間以上が経ちますが、未だに心に大きな穴が開いた状態です。

    最近あまりSNSを見ない状態だったのですが、洗濯後ふとTwitterを開いた時に目に入ったportFさんのツイート。

    久方ぶりに記事を拝見いたしました。

    いろんな意見がありました。怒、悔、悲、総じて負の感情が多かったですね。

    わたし自身は“虚“でした。

    様々な意見を拝見した後、しばらくモタスポから離れました。

    でも今もサーキットから聞こえるエンジンの後がわたしを徐々にモタスポの世界に引き戻してくれております。

    ああ、わたしはやっぱりモタスポが大好きなんだな。

    そして何よりHONDAが大好きなんだな。

    そんなHONDAの残りシーズンを心を込めて応援し続けようと思い至りました。

    そうです、現場のホンダスタッフのみんなが1番悔しい筈なんですから。

    彼らを励まし、レッドブルに最高のマシンを用意してもらい笑

    来シーズンこそはメルセデスを打倒しましょう!

    ※俺たちは必ず戻ってくる。信じて待っていて欲しいのくだり、思わずウルっとキマスネ。

  3. ホンダが継続参戦を宣言して戻ったにも関わらず、シリーズ制覇の夢半ば(?)での参戦終了というニュースは薄々感じてはいたものの残念至極でした。
    鈴鹿の観客増加も順調で、やはり日本のF1ファンにとってホンダはなくてはならない存在なのだと痛感してました。

    しばらくの間、やり場のない気持ちと「何とかならなかったのか?」という疑問が渦巻いており、気持ちが晴れない日々が続いていたのですが、今回の前後編の記事のおかげでかなりスッキリした気持ちになれました。

    そうですよね。
    今のホンダ経営陣にとってF1は会社存続のためにならないと判断されたとしても、未来永劫そうではないはず。
    これからの人材が創業者のようにF1に熱意と夢と可能性を抱いてくれれば、F1復帰もあるかも知れませんよね!

    気持ちの整理もついた上に元気も希望ももらえました!
    今年はダメでも来年こそは鈴鹿でホンダを応援出来ることを願うのみです!

  4. 第二期のように無限に引き継いだり、ルノーからメカクロームに移行みたいなことは今のPUでは難しいですよね。
    個人的には撤退寸前まで追い込まれていたホンダを救い、我慢して勝てるエンジンに成長させてくれたトロロッソに向ける顔がないように思えて仕方ありません。
    それでもF1は続いていくわけですから、今後の動向を注目したいと思います。

  5. 記事、とても面白く、なるほどなと思いました。
    ミナガワさんの記事は初めて読みましたが、過去の物も読んでみたいと興味を持ちました。
    でも、私は今後日本企業がF1に参加するのはもう止めてほしいと思いました。
    何回も信じては裏切られを繰り返してきたので。
    裏切られるくらいならもう参加しないでほしい。
    これが自分の正直な気持ちです。
    ホンダにも色々な事情があっての終了判断なのだろうと時間が経ってようやく思えるようになりましたが、まだ納得出来ていない自分がいます。
    と言うよりも、ここに来てレッドブル、アルファタウリを途中で見捨てる?なよという気持ちの方が強いです。
    まだ来年もあると色々なメディアが言っていますが、仮に来年チャンピオンが取れたとしても連覇したいと思うのが普通です。
    やっと良い所まで来ている時期にこの結果はレッドブル、アルファタウリの皆さんが可哀想と思ってしまうのは仕方がないのかなと自分は思いました。そう思っています。

  6. とても思慮にとんだ記事をありがとうございました。今宮さん亡きあとのマンネリ化したフジテレビCSのF1解説者に加わってください。待ってますよ〜♪

  7. ホンダの撤退に際して「F1文化を育成していく気が無い!!」とのコメントが散見されましたが、第二期の時の桜井監督が自国のルノーがタイトルを取れないことにイラついたバレストルに「F1にイエローは要らない!!」と暴言を吐かれた事を思い出すに、F1文化なんか知ったこっちや無くて、こっちはこっちで自社の利益で行動しても良いのでは!?
    そもそもF1に限らず欧州は日本人がスポーツで勝つとルールを変えた例は枚挙にいとまが無くて、スポーツに関しては意外に公平なアメリカのインディには参戦を続けるのは米国が主な市場と言うだけではないのかと!?

シマダ トキオ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Initiated by port F, since 2011.
This website is unofficial and is not associated in any way with the Formula 1 companies. F1, FORMULA ONE, FORMULA 1, FIA FORMULA ONE WORLD CHAMPIONSHIP, GRAND PRIX and related marks are trade marks of Formula One Licensing B.V.