模倣は確信犯?ピンク・メルセデスの真の狙いとは

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LAT Images

はじめに

皆さん、初めまして。イギリス在住のフリーランスジャーナリストのMarie. F. Minagawaと申します。今回、縁あってport Fさんからご依頼を受け、F1最前線の独占手記を執筆する機会を頂きました。私はこれまでに海外を拠点に置きながら、モータースポーツ系メディアでの現地取材と編集のサポートに携わってきました。今回、このような執筆の機会を頂いたことをきっかけに、モータースポーツライターとして日本向けに情報発信をさせて頂くことになりました。

取材経験はそれほど長くありませんが、F1は英国で小さい頃から見ておりますし、モータースポーツの現場である英国だからこそ得られる現地取材の貴重な情報を元に、これまでにない新しい視点で今回の独占手記をお送りしたいと思います。

2020シーズン最大のトピックとは

BWT Racing Point Formula One Team

2020年のF1が開幕した。COVID-19のパンデミックの影響で本来の開幕戦オーストラリアGPがキャンセルされてから4ヶ月が経過し、ようやくレースが開催されたことでF1関係者だけでなく世界中のF1ファンもその瞬間を喜んだだろう。そしてシュピールベルグでの2連戦は、随所で激しいバトルが繰り広げられる展開となった。予想されたメルセデスの強さを除けば…ではあるが。

その開幕戦でひと際印象的なパフォーマンスを見せたチームがある。それがレーシングポイントだ。バルセロナテストで初披露された彼らの2020年シーズンのマシンは、瞬く間に話題、いや議論と批判の的となった。その理由は、その姿にあることは言うまでもない。昨年のメルセデスのマシンW10にあまりに酷似していたからだ。そして誰が初めにそのあだ名を口にしたのか、そのマシンは『ピンク・メルセデス』と揶揄されることになった。

批判の声の大きさは、開幕戦と第二戦の結果を受けて更に大きなものとなる。

フェラーリの予想外の失速もあるが、その理由は『ピンク・メルセデス』がトップ3に食い込むパフォーマンスを見せたからだ。ルノーは自らのマシンと比較して、レーシングポイントを凌ぐことが困難であることを悟ると、これ聞けよがしに批判の声を挙げた。さらにFIAにレギュレーション違反を提訴。徹底抗戦の構えとなった。

FIAはその後レーシングポイントに対し違反の裁定を下し、15ポイント剥奪と約5000万円の罰金となったが、「原告」であるルノーをはじめ数チームがさらなる厳罰を求めて、またレーシングポイントは裁定を不服として控訴。争いは長期化の様相を呈している。

課題の本質は本当に『コピー』なのか?

「コピーマシン」の批判の声はF1関係者だけでなく、F1ファンからも挙がっている。速いマシンを単にコピーすることがF1の世界でやるべきことではないのではないかと。F1では独自の車体開発も競争の一部だ。だからこそ、己のプライドを賭して独自開発すべきである。このような声が日本に限らず世界中のファンからも数多く聞かれる。

しかし、議論すべきテーマとして『デザインのコピーの是非』は本当に適切なのだろうか?忌憚なく書くのであれば、コピーの是非を議論することは極めて近視眼的な見方であり、少々短絡的ではなかろうか。確かに両者のマシンを比較した写真をF1を知らない人にも見せたならば、誰しもが『酷似している』が『同じ』だと言うだろう。

そのことは火を見るより明らかであるにも関わらず、なぜレーシングポイントは極端にメルセデスW10に酷似したマシンを開発することを敢えて決意したのか?『コピーして速ければそれでいい』と彼らは本当に考えているのだろうか?また、ルノーを除く他チームは忸怩たる思いをしつつも、なぜ批判の矛先を彼らの喉元に突きつけずにいるのだろうか?

数多の疑問や批判があるが、今回のコラムではF1の政治的なダイナミズムを鑑みながら、背景に潜む本質課題を推察しながら繙いてみることにしよう。

現代のF1チームの形態

まず、現在のF1チームの形態を大まかに分類してみよう。大まかに現在のF1チームは三つに分類できる。

LAT Images

最初の分類に挙げるのは、フェラーリのように車体とPUをどちらも独自開発しているチーム。この分類にはフェラーリの他、メルセデスとルノーが挙げられる(厳密には少し違うのだが)。この分類のメリットは、PUと車体を自分たちの掲げるコンセプトで設計・最適化できることだろう。一方、コストという点で言えば、PU開発に莫大な予算が必要であることがデメリットと言える。

Getty Images / Red Bull Content Pool

次の分類は、車体は独自開発するがPUサプライヤからPUのみ供給を受けるパターンだ。この分類にはレッドブル、マクラーレン、ウィリアムズが該当する。この分類のメリットは、PU開発に予算を必要としないことだろう。PU供給に掛かるコストだけを負担するだけで良いのだ。また、レッドブルはホンダから無償でPU供給を受けていると考えられており、更なるコスト削減を期待することも可能だ。

Photo by Andy Hone / LAT Images

最後の分類は、PU供給をサプライヤ(つまりフェラーリ、メルセデスなど)から受けながら、車体についても一定の技術支援を受けるパターンだ。この分類にはアルファタウリ、ハース、レーシングポイント、アルファロメオが該当する。この分類の最大のメリットは、少ない予算規模でマシン開発が可能なことだ。2000年代に自動車メーカーが参戦し、F1に多額の予算を投じ合ったことで高騰してしまったF1の開発コスト。その開発競争の影響を最も受けたのが、この4チームと言っていい。今となっては、トップチームからのパーツ購入を活用しなければ、彼らはF1の世界で生き残ることが難しい存在でもある。

生き残りと上昇を賭けた戦略

では、存続の危機に常に怯えなくてはならない中団チームがF1の熾烈なコンペティションで生き残り、さらに上を目指すにはどうすれば良いのだろうか?その最適解をレーシングポイントが今まさに見せてくれているのではないだろうか。もう一度言うが、現時点でメルセデスの昨年型マシンW10を模倣することの是非を議論することに価値はない。なぜなら、その手法はレーシングポイントと同様に(その程度に差はあるが)、アルファタウリ、ハース、アルファロメオもすでに実行済みだからだ。

しかし、これまでの取材で得た情報と推察を一つ一つ繋ぎ合わると、ある興味深い仮説に辿り着く。

レーシングポイントの現オーナーはファッションビジネスで巨額の富を築いた敏腕ビジネスマンのローレンス・ストロールだ。彼のF1との関わりの歴史を知れば、彼がこの世界での成功をいかに欲しているかが良く分かる。将来的にレーシングポイントをトップチームの一角とし、そのオーナーとして君臨することを狙うローレンスの戦略は次のようなものではないだろうか。

現在のレギュレーションは2021年で終わることになっている(本来は2020年であったが)。また、レギュレーションだけでなく新コンコルド協定の締結など、現在のF1は歴史的に見ても大きな変革期に直面している。そのような状況下でレーシングポイントが2022年以降のレギュレーション下でトップチームの一角となるには、新レギュレーションによるバジェットキャップ(予算の上限額制限)が本格化する前の段階から、資金と時間を効果的に先行投資することが必要だ。しかし、そこに注力するあまり現行レギュレーション化でのレースをおざなりにし、下位に沈んでしまえばランキングボーナス(FIAからの分配金)という原資が目減りしてしまう。これはレーシングポイントに限った話ではなく、F1に参戦する全てのチームが抱えるジレンマだ。

では、中団チームが新レギュレーションに対応しながらも現行レギュレーションのシーズンを短時間・低コストで最大のパフォーマンスを引き出すことにはどうしたら良いのか?その答えが『現行レギュレーションの最適解を徹底的に模倣する』ことだ。模倣はあくまで新レギュレーションへの先行投資を最大化するために考えられた対策であり、ただ速ければ良いという短絡的な考えに基づいているものではないのだ。

レーシングポイントの矜持やいかに

BWT Racing Point Formula One Team

メルセデスのW10の空力デザインコンセプトを模倣し、2020年シーズンに好調さを見せるレーシングポイント。もちろん、外見をW10を模倣しさえすれば速さが発揮されるわけではなく、過去のF1の歴史を見れば模倣作が失敗したという事例はF1の世界では枚挙に暇がない。過去に優勝も経験したジョーダンGPをその起源に持つレーシングポイントであればこそ、模倣したF1マシンでも結果を出すことが出来るのであろう。

それゆえ、ライバルチームからレギュレーション違反を提訴される事態が引き起こされているが、それもレーシングポイントが想定していた事態のはずだ。先にも述べたように徹底的な模倣は、あくまで現行レギュレーション下でのみ最大限の成果を得るための方策だ。そして、現時点でその戦略はレーシングポイントの想定通りに機能しているようだ。

一方、模倣が今後も続くことはF1チームとしての独自性という観点では好ましくないことは言うまでもない。今後もレーシングポイントとメルセデスとの協力関係は続いていくと考えられる。2021シーズンにチーム名をレーシングポイントからアストンマーティンへと変え、新レギュレーションを迎える2022シーズン。その時に彼らがどのような新型マシンを見せてくれるのか?

そのマシンが姿を表す時、現行レギュレーションで模倣するという策を選んだ真の理由と、彼らの持つ矜持がトップチームと言えるF1チームに相応しいものかどうか。それを我々は知ることになるであろう。ここに書いた仮説が正しかったかどうかもその時に分かることになるが、今からその時が楽しみである。

“模倣は確信犯?ピンク・メルセデスの真の狙いとは” への2件の返信

  1. *コメントは個人の意見であり、所属する団体を代表するものではありません。
    記事を興味深く拝見いたしました。何よりこのような視点を投げかけていただいた事に呼応したいと思い、コメントさせていただきます。
    誤解を恐れずに要約すると、「課題の本質は本当に『コピー』なのか?」、「コピーの是非を議論することは極めて近視眼的な見方であり、少々短絡的ではなかろうか。」さらに「生き残りと上昇を賭けた戦略」として「模倣はあくまで新レギュレーションへの先行投資を最大化するために考えられた対策」ではないかとの問題提起をされていると理解しました。
    私はRPの考えを代弁することはできませんが、当初2020年が現行ルールの最終年であったことが「コピーマシン」の開発を決める大きな要因であったことは容易に想像できます。ただし、それでも問題の本質はあくまで前例を遥かに超える「コピーの是非」であり、むしろ「新レギュレーションへの先行投資を最大化するために考えられた対策」としてそれを行った事自体が短絡的な考えとして問題視されているのだと思います。これはFIA及びFormula Oneが長期的な視点でこのようなことは容認されるべきではないと明確に意思表示していることからも明らかです。「バルセロナテストで初披露された彼らの2020年シーズンのマシンは、瞬く間に話題、いや議論と批判の的となった。」のが事実であり「ルノーは自らのマシンと比較して、レーシングポイントを凌ぐことが困難であることを悟ると、これ聞けよがしに批判の声を挙げた。」との指摘は妥当ではありません。
    むしろ私はジャーナリストを始めとするF1のステークホルダーから当初なんら意見表明がないことに非常に当惑し幻滅していました。ところがルノーの抗議の結果が出たアニバーサリーGPから潮目が変わり、多くのリポーターやジャーナリストがこの問題に言及し始めています。これはアニバーサリーGP金曜日のカンファレンスによく現れています。ただし著名なリポーターがメルセデスを問いただすと今後チームの記者会見に招待しないと言われるなど、F1という小さな世界ではジャーナリズムに大きな制約があるのも事実です。これは私も当初は理解が及ばなっかたところです。
    この問題の本質的な問いは、F1をF1足らしめてきた「コンストラクター」とは何を意味するのかということに尽きるのです。コメントを差し上げるに至った個人的な思いを言えば、もしF1がこのような「コピーキャット」の世界であるなら私は決して日本でのキャリアを投げ出してまでF1に来ていなかっただろうし、以来20年に渡り欧州のF1チーム、PUマニュファクチャラーで仕事に従事し続けることは無かったであろうということです。そして私のことなどはさておいて、F1がエンジニアの独創性を発揮する場所から程遠くなり今後の20年で次の世代の方たちを魅了するものでは無くなってしまうとしたら、大変に残念なことだと思っています。

    1. 徳永様
      直接、F1チームに所属する方から貴重なご意見を頂き大変感謝しております。

      まず最初に『ルノーは自らのマシンと比較して、レーシングポイントを凌ぐことが困難であることを悟ると、これ聞けよがしに批判の声を挙げた。」との指摘は妥当ではありません。』とのご指摘については、私の見識不足によるところです。『度が過ぎる模倣の是非を問うための問題提起であるという視点』が欠けていたと素直に反省しております。

      さて、記事中では『レーシングポイントの矜持やいかに…』という表現で、RPが模倣を続けることに懸念を表したつもりでいましたが、F1チームに所属する徳永様からご意見を頂いたことで、私が想像している以上に現場の方が模倣に強い懸念を抱いていることを痛感致しました。そして、何よりも今後のF1を担うであろう次世代のエンジニアを心配する徳永様の思いに大変感銘を受けました。

      この問題について、FIAは度の過ぎた模倣を抑制する対策を講じると表明しておりますので、2022年に今回と同じような議論が起こらないことを私も期待しております。私はエンジニアではありませんので、その世界を表面的にしか知ることが出来ませんが、今後コピーではない独創性豊かなマシンが見られること、そしてエンジニアの皆さんが独創性を発揮できるF1になることを切に願っております。

      今回の論争に関し、私の記事がFIAに影響力を与えるとは思いませんが、これからも、より冷静に、より客観的に、そしてより建設的な視点でジャーナリストとしてF1に関わりたいと考えております。

      繰り返しになりますが、貴重なご意見を頂き大変ありがとうございました。

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